公案による禅的アプローチの凄さを実感してほしい。

 

禅にもいくつかの種類がありますが、その中でも公案を用いるタイプの禅です。公案は「Who Is In (あなたの中に誰がいますか?)」というものと、他にもいくつかあります。

 

日常の生活から離れて自分と向き合う時間を持ち、自分の中のあらゆるものを言葉で表現します。そのことは、あなたが思った以上の効果を体験させてくれます。伝統的には公案禅は、悟りに至る修行のひとつなのですが、ここでのプロセスは社会の中で生活する私たちの迷いに解決を与えてくれます。

 

公案に応えている時、私たちの意識は内側に向かいます。それがどのような状況であれ、そのときの自分の状態に真摯に向き合わざるを得ないでしょう。なぜなら、全力で取り組まなければならないほど、情報過多な混乱した社会に生 きる私たちの思考と感情は混沌としています。

 

私たちの気づいている意識は氷山の一角であり、その一角から公案を使って矢のごとく、内なる世界へ向かいま す。私たちは自分が現時点でどのような状態であるかをはっきりと認識し始めます。

 

時には、長年に渡って苦悩し続けた問題に光が差し込むこともあり、また、一気にトラウマから解放されることもあります。しかし、それだけが目的ではありません。悟りや光明は、私たちがこれらから浄化された時に "一瞥" として訪れることがあります。また、"自我" と "思い込み" がどれほど私たちを縛りつけているかに「はっ」とする瞬間があるでしょう。これらは瞑想によって頭の理解ではなく、体験としてやってきます。

 

このような体験を通して私たちは自分の存在の変容を感じ始めることができるのです。というのも、この時点でようやく ”執着” とは何かを理解するからです。そして、マインドの仕組みを知ることも出来るかもしれません。公案は、私たちのマインドを一掃し、ピュアコンシャスに誘います。マインドとは、思考と感情が複雑化したどんよりと重い雲のようなものです。公案は、これらを矢のように通り抜ける一筋の光となります。